Ave Mujicaに関する記事が無限に続いていますが今回も
これは見てる前提で喋ります
月との関わりと仮初の名
Ave Mujicaは月とかなり深い関わりがあるようです。渡瀬結月いるし

まず1stアルバムのジャケットのモデルは三日月と思しきもの。
曲名のほか
KiLLKISS「この月に仰げよ仰げ(耳コピ)」も含め
Ave Mujica
「三日月の舟で」
Angles
「静寂と月明かり」「 もう一度あの月が満ちた」
Symbol III : ▽
「月を詠む海のリズム」
Ether
「月より下に時代を創って何者かになるのね」「月より下にそれでも掲げ闘うのね」
色々ありますと

こちらもバックに月
そして脚本内にも月が勿論登場しますがこちらは後述
「仮初の名」であるドロリス、オブリビオニス、モーティス、ティモリス、アモーリスはそれぞれ月の海の名前(ラテン語)をモチーフにしており、それぞれの口上における「○○を恐れる勿れ」も対応しています。
海と一括りにしてしまいましたが、月には玄武岩に覆われた地形があり、大洋、海、湖、沼、入江の総称として「月の海」が用いられるようです。
・ドロリス
「我、悲しみを恐れる勿れ」
悲しみの湖/Lacus Doloris
・オブリビオニス
「我、忘却を恐れる勿れ」
忘却の湖/Lacus Oblivionis
・モーティス
「我、死を恐れる勿れ」
死の湖/Lacus Mortis
・ティモリス
「我、恐れることを恐れる勿れ」
恐怖の湖/Lacus Timoris
・アモーリス
「我、愛を恐れる勿れ」
愛の入江/Sinus Amoris
多くが「湖」なのに対してアモーリスのみ「入江」。イコールでどうこうと直結するとは言えないものの押さえておきたい要素です。
なお、作中にて祥子はにゃむに「何故自分に愛(アモーリス)と命名したか」といった旨の質問を受けていますが、解答はしていません。
ここまでの海の名称は全てラテン語でしたが、そもそもバンド名「Ave Mujica」について
Aveは同じくラテン語で「敬意」「歓迎」を示すそうで、聖母マリアへの賛美の表現として「Ave Maria」と表現することがあるそう。
ムジカ(Musica)は某アニメ映画でも出てきましたが、ラテン語のほか、イタリア語やスペイン語にて「音楽」を意味します。Ave Mujicaの場合jになっているのは月に形を寄せたのか?
なおmusicaという言葉はars musicaを語源とするそう。「ムーサらの技芸(ムシケー)」となるらしく、英語における音楽「music」の語源も同じのようです。ムーサはギリシア神話において複数人いる芸術を司る神の総称で、勿論その中には音楽を司る者もいるわけですね。
直訳すれば「音楽への歓迎」となるのでまさに「Ave Mujica」の冒頭、「ようこそ、Ave Mujicaの世界へ」に直結します。
この「Ave Maria」「ars musica」も語の形が非常に“Ave Mujica”と酷似しており、何かしらのヒントが眠っている可能性はあるのかもしれません。
13話での脚本
Mygo!!!!!13話、Ave Mujicaのお披露目ライブでの脚本を文字起こしします。
舞台に対する価値観として祥子は
「舞台に上がれば信じられるのは我が身一つ」
「楽しめなどという綺麗事は言わない」
と言っており、某コンテンツに傾倒している私からすると信じられませんが別に演じることが好きでもなく、あくまで目的達成の手段として演劇を選んだことが見えます。
舞台の開幕と同時にドロリスが歌唱しているのは
「グリーンスリーブス」というイングランドの民謡です。
ドロリスが歌唱している該当箇所
Alas, my love, you do me wrong,
To cast me off discourteously.
For I have loved you so long,
Delighting in your company.訳) ああ、私の愛した人は何て残酷な人、
私の愛を非情にも投げ捨ててしまった。
私は長い間あなたを愛していた、
側にいるだけで幸せだった。
歌詞に関して、これから紹介する脚本にも強くリンクしていることがわかります。
(最初の場面、上記の部分を歌唱するドロリスの元にオブリビオニスとモーティスが現れる)
オブリビオニス「貴方お歌が上手ね」
ドロリス「僕の友達が好きな歌なんだ」
オ「そう。貴方もマスカレードに行くのね」
モーティス「お姉様」
オ「いけない。月がもう」
ド「待って!」
(場面転換、時計を見ながら歩みを進めるティモリスと鏡を見るアモーリス。モーティスの髪を梳かすオブリビオニス。5人の椅子が用意されるその場に戸惑いながら現れるドロリス。)
ド「ここは...?」
アモーリス「おや?新入りがまた1人」
ティモリス「まだ微かに人間の匂いがついていますね」
ド「えっ」
ア「昨日まで抱きしめて眠ったのに、今日は別の誰かを抱きしめてるの」
ア「人間って残酷。ねぇ、アタシが抱きしめてあげよっか?」
オ「お辞めなさい」
ア「だって〜」
テ「人間の匂いが付いたら、貰い手がつきませんよ」
ア「やだ〜困る〜」
ド「貰い手?」
オ「あら、そのためにいらしたのではなくて?」
ド「え?」
ア「ここはね、捨てられた人形たちが集められた〜」
ド「捨てられた...人形?」
テ「おや、自覚がないタイプで?」
ア「いるよね〜人間に話しかけられて自分もそうだって思っちゃうのが」
ド「僕が人形だって?だって僕は生きてるじゃないか!君たちも!」
オ「それは今宵の月が特別だから」
オ「ようこそ、ロフト・ムーンへ」
オ「この月の光で私達は仮初の命を宿しているのですわ」
ド「そんな...信じられない」
オ「貴方、お名前は?」
ド「僕は...」
オ「覚えていない?では貴方の元の持ち主は?ああ、お友達でしたっけ」
テ「随分と長い間名前を呼んでもらえて無かったようですね」
オ「無理に思い出さない方がよろしくてよ。きっと呪い殺してしまうから」
ド「そんなこと...!」
テ「しないとも限らない」
ド「あんなに好きだった」
ア「でもアンタを捨てた」
オ「人形にとっての死は何かご存じ?」
ド「捨てられる事...」
ア「火炙り〜」
テ「それは魔女」
モ「愛されないこと」
オ「えぇ、それもひとつ」
オ「でも1番辛い死は、『忘却』ですわ」
ド「僕は...死んだの?ここは僕達の墓場」
オ「いいえ、言ったでしょう。私達は仮初の命を宿したと」
オ「つまりは復活、今こそ復権の時」
モ「そして、新しいお友達に祝福を」
オ「さぁ、マスカレードの前に仮初の名を与えましょう」
オ「モーティス」
モ「我、死を恐れる勿れ」
オ「ティモリス」
テ「我、恐れることを恐れる勿れ」
オ「アモーリス」
ア「我、愛を恐れる勿れ」
オ「オブリビオニス、我、忘却を恐れる勿れ」オ「ドロリス」
ド「我、悲しみを恐れる勿れ」
→Ave Mujicaへ
・5人は人間ではなく仮初の命を宿した人形で動力源は「特別な月」
月との関係性が明確にされている。
単にダークなイメージのAve Mujicaにおける夜の象徴では止まらず、Ave Mujicaの人形達が動くエネルギーは月であるとのこと。


KiLLKISSの映像でも祥子が幼少期より携えている人形が僅かに動く描写があり、「動く人形」は重要な要素であると結論付ける。
・次なる貰い手を探し「ロフト・ムーン」に集う
“貰い手”は人間の匂いを嫌っているようで人間では無い存在の可能性を示唆
また、ロフトムーンにはメンバーに対して過剰な椅子(10個)と横長の机が配置されている。
他の方もAve Mujicaとの関連性について考察していたが、その相貌は最後の晩餐を彷彿とさせる。
最も有名であろうダヴィンチの最後の晩餐は人物が机を手前に横並びで描かれるので机を挟んで5-5で椅子が配置されるのでやや違和感を感じるかもしれないが、同じ場面をモチーフに作られた芸術作品は他にもいくつかあり、

机を中央に人物が奥手前に配置されているものも存在する。例えば上は手前側がちょうど5。
ただし、最後の晩餐はイエスと十二使徒を描いたものであり、ロフトムーンとは数が異なっているのがわかる。



一方で関連性も見られる。KiLLKISSの映像では「最後の晩餐に用いられたとされる聖杯と思しきシルエット」「杯から血のようにワイン?葡萄酒のようなものを垂らす」描写があるが、イエスは最後の晩餐においてワインを自らの血と称し振る舞ったとされ、少なくともAveの話といいキリスト教との関連要素があるのは窺える。
キリスト教で「10」というとやはり「モーセの十戒」連想されるだろうか。
一、我の外何ものも神とするなかれ
二、汝自らのために偶像を作って拝み仕えるなかれ
三、汝の神ヤーウェの名をみだりに唱えるなかれ
四、安息日をおぼえてこれを聖くせよ
五、汝の父母を敬え
六、汝殺すなかれ
七、汝姦淫するなかれ
八、汝盗むなかれ
九、汝隣人に対して偽りの証をするなかれ
十、汝隣人の家に欲を出すなかれ
あらゆる訳がある中、あえてAve Mujicaに沿ったものを選んだが、やはりそもそもベースは月の海の名前、六がモーティス、七がアモーリスとこじつけはできても5人全員が該当できない以上10個の席が十戒に準ずるものとは言い難いか。
先ほどギリシア神話との関係にも触れたが、そちらの観点からも分析していく。Mujicaの語源のみならず、「Symbol II : Air」の歌詞中に「ハルピュイア(ハーピィ)」「ケルベロス」とあるように少なからず関係性自体はある。
数多いるゼウスの子の1人「ペイリオトス」がハデスに座らせられた椅子が「忘却の椅子」だったりするが、他4人の説明が付かないのでこれも関係性は薄いと思われる。
ロフトムーンのシーンとKiLLKISSの映像を踏まえると最も関係性が強いのは最後の晩餐と言えるだろうか。
・オブリビオニスが最も辛い死として忘却を挙げている
名前の示すものはそれぞれが設定上最も恐れている『死』である可能性。モーティスは本人の発言から「捨てられること」そのものと解釈。
即ち、ドロリスは悲しみに打ちひしがれることか人に悲しみを与えること、モーティスは捨てられること、ティモリスは恐怖する或いは恐怖させること、アモーリスは愛されることもしくは愛すること(逆に愛されないことに線もあるかも)、そしてオブリビオニスは忘れ去られることである可能性。
或いは祥子自身の体験に基づいたものを5人に落とし込んでいる説もある。それだと本来の意味で「恐れる勿れ」と言える。忘却なんてまさにCRYCHICなわけで
カップリングソートで遊ぼう
素養がないから神話とか聖書の話しすぎて頭バグりました。
よくわからないのでこれで自分の本当に好きなカップリングに気づいてくださいよって話
・遊び方
遊びだと思っている人はやらないでください
青木陽菜の代表作は高千穂ステラです。楽曲総選挙に出演をお願いします。
